2017.08.25〈9934〉

「喫粥了」の書、Mさんの作品です。例えば、 朝ごはんを「作って、食べて、片付ける」という当たり前のこと。その当たり前のことを、日々続けることが、修行になるという意味です。当たり前のことを続けていく。本当の修行とは、日々の生活の中にこそあるそうです。

2017.08.25 お伺いしたのは、東日本大震災から半年ほど経った2011年9月でした。Mさんはその時上野にいて、上野からさほど遠くないご自宅に帰ることができず、上野の東京文化会館で一夜を過ごしたそうです(2011.09.27)

禅の道場の朝ごはんは、お粥です。

お粥をいただくことを、喫粥(きっしゅく)といいます。

そして、喫粥が了ならば、食べ終わったならば、片づけなければなりません。

大童法慧 | 喫粥了

Mさんのお話を聞きながら、私の「喫粥了」を考えてみました。

・計画:住まいの要望を聞きとる

・設計:図面に書きおこしていく

・施工:柱を建て棟を架け、空間を創り上げる

また2ヶ月前からは、もうひとつ、自分に課題を与えました。

毎日更新する、このブログです。この記事が66番目になります。

日々の生活から離れた、キラキラするような出来事ではなく、

日々の生活の中で、見失いがちな大切なことを、

再発見していくような記事を、書き続けたいのです。

喫粥了、大切にしましょう。