2011年3月11日と、良寛さんの心構え

良寛が、新潟で大地震に遭った親友の俳人へ書いた見舞の手紙には、『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候』とありました。表面的な厳しい言葉の裏にある、良寛の優しさを見つけてみたいと思います。

2011年3月11日と、良寛さんの心構え 震災から2週間ほど経った狭山丘陵(2011.03.27)

災難に逢う時節には

災難に逢うがよく候(そうろう)

死ぬる時節には

死ぬがよく候(そうろう)

是はこれ災難をのがるゝ

妙法にて候(そうろう)

随分と冷たい言葉に感じます。しかし、人一倍繊細な良寛が、痛みを感じないはずはありませんでした。あえて「遭う」ではなく、「逢う」と書いています。被災の様子を見た後には、こんな歌を書きました。

かにかくに止まらぬものは涙なり

人の見る目も忍ぶばかりに

震災から数日後、関東地方では一日に3時間ほど、計画的に停電にさせることになりました。この停電は、関東地方を5グループに分け、5の時間帯を順番に変えていくものです。

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

2011年3月16日、第2グループの我が家は、18時20分からの停電です。ろうそくを灯しての夕食となりました。出窓には携帯電話と、ラジオを置きました。

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

もちろん、キッチンも灯りはつきません。震源地から遠く離れたこの地でさえ、心配な日々が続きました。

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

その震災から2週間日ほど経った狭山丘陵では、

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

冬眠から目を覚ましたものや、

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

土から目を出したもの、

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

一足早く、花を咲かせたものまでありました。

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

震災は、気付かないでいるのが無理なくらいのできごとだったのに、まるで震災があったことなど、気がついていないようでした。

2011年3月11日と、良寛さんの心構え

震災直後に物流が滞り構造材が不足する中、どうにか材料を手配してもらいました。材料を載せ、埼玉県西部のプレカット工場から、埼玉県北部の工事現場に向かいます。ガソリン不足は深刻でした。道路の脇やガソリンスタンド付近で、放置された車をたくさん見かけました。大変な時期を乗り越えた仲間たちとは、この後も永い付き合いが続きます。