家でしかできないことって何だろう〈101〉

1987年のことです。ある建築家の講演を聴講するために、

私は遠路、新潟県民会館に向かいました。大ホールの壇上から、

『みなさん、家でしかできないことって何だと思います?』

建築家はこんな質問を、客席の私たちに投げ掛けました。

4ヶ月前に設計事務所を開設したばかりの、21才の私は考えました。

寝るためならホテルがあるし、食べるためならレストランがある。

物をしまうのなら倉庫があるし、楽しいことなら外の方が、

たくさんある。さて、家でしかできないことってあるのかな... 。

家でしかできないことって何だろう


『それはですね!』

『家族が、デレデレすることですよ!』

大ホールの客席の私たちは、「なんだ」と笑いだします。

『みなさん笑いますけど、だって、道路の脇で、どこかの家族が、』

『デレデレってしてたら、気持ち悪いでしょ!』

ホールが大きく湧く中、私は幼い頃の一場面を思い浮かべました。


家族で出掛けた動物園からの、帰り道での思い出です。

駅からの帰り道、家が近づき狭い路地を、左へ右へと曲がると、

夕暮れの中に、黒ずむ杉板張りの平屋の家が見えた途端、

私と弟は我れ先にと走り出す、ありふれた場面が忘れられないのです。

家でしかできないことって何だろう

その走り出したくなる気持ちは、当たり前の様でありながら、

不思議な様でもありました。動物園はとても楽しかった。

すぐにまた行きたいと思う一方で、毎日を過ごしている平凡な

この家を、なぜこんなに愛おしく思うのだろう。

外に出かけることが楽しいのは、帰って来れる家があってのこと。

家には、「自分の居場所がある」「大切なものに囲まれている」

のだからと、今の私なら、理解することができるのですが。

「家」に対する原体験となったこの思い出が、建築家の問い掛ける、

家でしかできないことと、繋がっている様に思えたのです。

「ひとりひとりの居場所があり、大切なものに囲まれる暮らし」、

住まいづくりの仕事の中で、変わることなく大切にしていることです。


自分の居場所を大切にした、ある住まいをご紹介させてください。

このお住まいは当時の建築家設計の、大屋根が美しい木造住宅です。

家でしかできないことって何だろう

この住まいの良さがを活かしながら、加齢に備えたバリアフリーにし、

サンルームの様な書斎、浴室と洗面室を、増築したいとのことでした。

高齢になるにしたがい、友人や来客を自宅に招く機会は少なくなり、

応接間は不要になったので、応接間を寝室にしたいとのことでした。

家でしかできないことって何だろう

このお住まいには、すでに快適な寝室があるのですが、その部屋では、

お母様の介護をしていた、辛い時のことを思い出してしまうので、

今回のリフォームで、ご自身の寝室を新たにすることになったのです。

家でしかできないことって何だろう

「大瀧は、東南の角の一番日当たりのいい場所に、」

「浴室と洗面室を配置したのですが、本当にいいのですか?」

 

間取りの計画をしている時に、こんなエピソードがありました。

事務所のスタッフがHさんにこう尋ねと、Hさんは答えたそうです。

「入浴も洗面も朝日のさし込む中の方が、気持ちがいいもの」

「あなたも私くらいの年齢になるとわかるわ」

 

「明るくゆったりと読書ができる書斎」という、ご希望に対し、

その書斎の心地よさのためには、さらに快適な水回りスペースが、

書斎の隣りに欠かせないということで、私は応答したのでした。

家でしかできないことって何だろう

庭の眺めが一番いい場所が、Hさんの定位置となりました。

ソファーの後ろにある引き戸を開ければ、トイレのある洗面室です。

好きな読書に没頭したあと、横になりたくなった時は、

書斎の手前にある寝室のベッドまでは、数歩歩くだけです。この様な

配慮があってこそ、心地よい時間を過ごせるのではないでしょうか。

家でしかできないことって何だろう

「ひとりひとりの居場所があり、大切なものに囲まれる暮らし」、

それを支えるためのひとつひとつの工夫を、「ユニバーサル」とか、

「バリアフリー」という言葉で、ひとくくりにしたくはありません。

いかに心地よく暮らせるのが、そのことを追求していった結果が、

この住まいであり、バリアフリーであっただけなのです。

家でしかできないことって何だろう

住まいてがHさんでなければ、違う住まいとなったことでしょう。

Hさんに障がいがあるのか、ないのかが、一番大切なことではなく、

Hさんが心地よく暮らせる住まいを、どの様に実現させるのかが、

私の仕事の目指すところです。私が生かされている意味なのです。