「リオネル・ファイニンガー」を思い出した外観〈9852〉

2017.11.15

夕方に出向いたのに、あっという間に暗くなりました。さて帰ろうか、外に出てデジカメで撮影し、その画像を液晶モニタで確認すると、とあるアメリカ人画家の、画集を思い出しました。ですがその画集、本棚ですぐに見つかるかなと心配しながら、家路につきました。

「リオネル・ファイニンガー」を思い出した外観 今日は夕方に出向いたのに、あっという間に暗くなりました。5つ見える窓は、全て同じ正方形です(2017.11.07)


おそらく30年程前に買った画集です。20代の頃は仕事が少なく、木版画の習っていたのですが、その参考になるのでは、買ったのだと覚えています。

リオネル・ファイニンガー

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リオネル・ファイニンガー(Lyonel Feininger)は、ドイツ系のアメリカ人画家。

アメリカのニューヨークに生まれる。1880年代後半にドイツに行き、音楽、後に絵画を学ぶ。

1910年代に入り、ロベール・ドローネーを通じて、キュビスムを知る。

1913年には、青騎士のグループにさそわれ、ワシーリー・カンディンスキー、パウル・クレーなどと活動する。

1919年には、ヴァルター・グロピウスの誘いで、バウハウスにて教鞭をとる。

1937年、妻がユダヤ系だったため迫害を逃れてニューヨークに戻る。1956年、そこで没した。

wikipedia/リオネル・ファイニンガー Image

パリで出会ったパブロ・ピカソの影響で キュビスムと表現主義を融合させた作風が多くなる。

典型的な作品としては、階調に差をつけた色彩を使って画面(空までを含む)を平面状に分割し、それにより光を表現した風景画である。

プリズムを通して見た風景のような観を呈している。

ドイツの迫害の影響で再びニューヨークに戻った後は、喪失感から画風が大きく変化した。

生涯の作風は一人のものとは思えないほど多様である。

wikipedia/リオネル・ファイニンガー


これもまた、20代の頃の思い出です。

1週間の建築旅行を計画し、深夜、中央高速道で京都を目指しました。

諏訪のパーキングエリアが、最初の休憩地点となりました。

パーキングエリアは高い位置にあり、街並みを見下ろせました。

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車から降りると、目の前に広がるたくさんの灯りを見下ろしました。

街路灯や信号の灯り。そして、家いえの窓から溢れる灯り。

その灯りのもとには、ひとつの家があり、ひとつの暮らしがある。

そう思うと、小さなたくさんの灯りが、とても優しく思えました。

天の川のようなたくさんの灯りを、私はしばらく眺めていました。

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住まいづくりのヒントを得たい、スタートしたばかりの建築旅行ですが、

実は、そのパーキングエリアで、その目的を果たしてしまったのでした。